絵を描くことがただ好きだった
ー絵を描き始めたきっかけを教えてください。
幼少期から絵を描くことが好きだったんです。でも小学校とかその当時は僕よりうまい人がいっぱいいたので、絵の道に進もうとは思っていませんでした。
中学生になってから、学校に行かなくなったんですが、そうするとやることがなくて。それでA4のノートに植物や動物、人物を描き始めたのが、日常的に絵を描くようになったきっかけです。
単位の関係で普通科への進学は難しかったので、高校と絵の専門学校が合わさったような学校へ進学したのですが、それが本当の意味での始まりかもしれませんね。絵自体が好きだったから、その絵を活かしたいという淡い希望もありました。
ー実際に進学されて、絵を描くことを仕事にすると決意されたのですか。
その時はまだモヤっとした感じでした。やりたい気持ちはありましたが、どうやって発表するのか全くわからなかったですし、とりあえず楽しく絵を描きながら3年間過ごしました。その後に、デッサン研究所、芸大、と通ったのですが、その辺りですね。仕事にしたいというか、何らかの形で描き続けたいと強く思うようになりました。紆余曲折あって大学は中退してしまいましたが。
その後に、絵を発表する前提の第一段階のような感じでギャラリー巡りを始めました。その時に、出展料を払って発表する公募展を京都で見つけたんです。それがとても新鮮で、京都で初めて自分の作品を公の場で発表しました。
ー今の活動のスタート地点ですね。
はい。それからはずっとレンタルギャラリーで、今の今まで発表してきました。お金を払えば発表できるレンタルギャラリーの存在は、非常にありがたかったです。それまで学内で発表することはありましたが、本当の意味での第三者に見てもらう機会はなくて。学内だとどうしても馴れ合いのようになってしまいますが、ギャラリーだと正直な意見が聞けますし、見ず知らずの人が自分の絵に対して何かを言っていくというのは新鮮で面白かったですね。結構辛辣なことを言われたりとかもして(笑)。でも言われるだけいいと思っていました。興味がなければ何も言われないでしょうし。素通りされることが一番こたえました。感情が全く動かなかったんだと思って傷つきましたね。正直なリアクションを頂けることはすごくありがたかったです。
まるで魔法を見ているような感覚、アクリル絵の具との出会い
ー絵の具を使うようになられたのはいつ頃からですか。
高校時代です。高校で一通りの画材を使わせてもらいました。マジックや色鉛筆、アクリル絵の具も使いましたし油絵も描きました。当時はまだ画材の方向性が定まらなくて、いろんな画材に果敢に挑戦していましたね。そこからさらに掘り下げていくという発想はなくてとりあえず触っただけでしたが。ただ、絵の具で描いたとしても、下書きとして習慣的に必ず鉛筆は使っていました。鉛筆を使わないと描いたらいけないと思っていたんです。
ーたくさんの道具に携わられた中で、アクリル絵の具をメインで使うと決めたきっかけはあるのでしょうか。
井上直久先生の、大学での講義がきっかけでした。自分の軸になった講義で、大学で絶対に教わりたいと思っていた作家さん(教授)です。学生の前で、イーゼルに真っ白なキャンバスを立てかけて、アクリル絵の具を使ってデモンストレーションをしてくださったんです。その時に、「鉛筆というのは単なる習性で、それに囚われず描くことができる」「絵の具は画面内で編集ができる」と言われたんです。付け足し、そぎ落とし、を繰り返していくうちに、いろんな形で浮き出ては消えていく様子が魔法を使っているみたいに絵が揺れ動いているように見えて、めちゃくちゃかっこよかったんですよね。その講義のおかげで、鉛筆を使わなくていいんだと思いましたし、アクリル絵の具っていいなとも思いました。
雑誌とか画集を見ることも大事ですけど、実際に見るというのは全然意味合いが違いますね。それくらいインパクトがありました。絵筆1本で食べてる人はすごいなと。
そこから鉛筆は使わず、アクリル絵の具で描いていくようになりました。構図を鉛筆でくくってしまうと、その構図に縛られてしまう、でもアクリル絵の具ならどんどん直していける。それがすごく良くて、今のスタイルに至りました。
広い世界へ旅をさせてくれるようなモチーフの発見
ージラフをモチーフとして数多く描かれていますが、それはどういったところから。
価値を最大限生かせるモチーフだったからです。
20代の頃はいろんな動物、例えば猿や鹿、猫、象とかも描いていたんですけど、公募展等のコンテストに出すと、ジラフがバッといいところにいくんですよ。だからですね。もちろん好きだったのもあります。得意と好きが一致したというか。十八番みたいなものですね。
それまでは、例えばイベントなどで名刺を置いていても、その先には繋がらなかったんです。でもジラフを発表した時から、グループ展に参加しませんかとか、作品を購入させてくださいとか、そういう問い合わせが増えてどんどん外側に繋がっていって。すごく励みになりましたね。ジラフのモチーフが自分自身をも先に先にと連れていってくれると思いました。作品が旅をさせてくれるみたいな。
正直、価値を見つけてもらえるものだったら何でも良かったと思うんです。描いていて楽しいというのは前提ですけど、もし鯨や猿が評価されてたら、それをメインに描いていたかもしれません。ジラフのフォルムラインを追いかけること自体は楽しいけど、それ以前に自分は「人に価値を提供すること」がモチベーションになるので、評価されていると感じられることは大きかったです。
ー元々人物や植物も描かれていたというお話がありましたが、それらはもう描いていらっしゃらないのでしょうか。
植物は、主役ではないけどサブとして添える形で今も描いています。例えばジラフの角の部分を葉っぱにしてみたり、尻尾を植物風にいじってみたり。動植物が渾然一体、融合してるんです。
背景とかは特にそうですね。何となく点を描き込んでいったら、テントウムシに見えたりとか、木の実に見えたりとか、見えたものをその形に近づけていきます。あくまで土台はしっかりと決めた上で、その背景などは偶然性を楽しんでアドリブで表現する。偶然性から現れるものに自分でも驚いているし、すごく面白いなと思って。そういう自分でもよくわかっていない部分を「内面的な私小説」と呼んでるんですけど。
自分らしさが提示できるなら、植物をメインで描く時が来るかもしれませんが、現時点では植物はそういう役割ですね。ジラフでも写実でかっちりと描くのは自分らしくないと思うんです。現在のような変わったシルエットや黒い色で表現するのが自分らしいんじゃないかなと思っていて。スタンダードをベースにしつつも、そういう自分らしさを大事にしてます。
ー多くの動植物を描かれてきた経験からさらに試行錯誤して、この形がご自身にとって一番向いてる、さらに価値が提供できると見出されたんですね。
そうなってきましたね。同じモチーフに10年以上も飽きずに時間をかけ続けられているというのも、一つの才能だと思ってます。
絵が上手な人はたくさんいますけど、辞めていってしまうんですよ。この業界は5年10年、フルマラソンで走り続けられる人が最終的に残っていくサバイバルだと思うので、キラリと光るものを持つことよりも続けることが大切だと思っています。僕にとって才能って、そういう泥臭いような、蓮の花みたいに泥の上に咲くような、そんなイメージなんです。
そうやって描き続けていれば、いつか誰かに絶対に突き刺さると思っています。
ーテレビのドラマ撮影にも使用されたことがあるとか。
はい。インターネットでの発表を始めてからそのような機会を含め可能性がすごく広がりましたね。先日も、ECサイトを通じて11点同時に売約がありましたが、ギャラリーだけではそういうことはありえないんです。インターネットのおかげで全国各地に繋がって、ひょっとしたら世界の人も見ているかもしれない。自分が作業している時さえも、見ず知らずの誰かが作品を見てくれていることはすごいし、面白いですよね。
自分らしさを大切に、尚且つ求められるものの表現を
ー絵描き1本でやっていくのは難しいと思われたことはありましたか。
今もずっと思ってます(笑)。だからこそ、他人が価値を見出してくれるもの、需要のあるもの、なおかつ得意なモチーフをメインに打ち出していかないといけないと思っています。職業画家はそういうものですよね。
ー絵描き1本で生きてるからこその、しがらみや制約はどうしても出てしまう。
僕は嫌ではないですけどね。需要と好きなものが一致しているので、ジラフを100パーセントで描いていても楽しいです。プラスアルファとして、猫があったり猿があったり、折り合いをつけていますね。なんでも自由にやっていいけど、販売サイトに掲載させてもらう以上は、販売を前提にやる。そのあたりは割り切っています。
認められるものを出したい、という思いもあります。第三者の応援や、他者と価値を共有している実感がないと寂しいから。純粋な作家というのは、自分が本当にそれで良ければ100人に嫌われようが1,000人に嫌われようがかまわないんでしょうけど、僕はそうならない。求められているものを提供し続けたいというか。職人気質なんですよね。描いている過程が楽しいんです。
作家さんは、作品は我が子とか、分身って仰る方が多い印象がありますが、僕にとっての作品はそのどちらでもなくて、制作はゲームをしているような感覚に近い。そんな感じで描いてるから、描いた先に対しては、それほど執着がないんですよね。唯一売れて名残惜しいなと思う瞬間を挙げるとしたらそれは、めちゃくちゃハイスコアを打ち出した記録がなくなるという感覚かな(笑)。
ーご自身の絵を突き詰めていく中で、参考にされてるアーティストの方や影響を受けている方はいらっしゃいますか。
高校時代に教えてもらっていた三瀬夏之介先生です。大学を辞めた頃、その先生にギャラリーや画廊で個展の手伝いをさせてもらって、とても勉強になりました。奈良の無名アーティストがスターダムにのし上がっていく、その過程を間近で見れた事も大きかったです。
それから同世代の作家さんです。いろんな企画公募展が催されますが、そこに作品を出し続けるうちに、たくさんの作家さんと知り合いました。実際に話をして、その展示会でもものすごく刺激や影響を受けて今の自分が形作られています。変な争いもなく、純粋に話をすることも楽しんでいて、アットホームな土台があることは自分にとってとても良かったと思います。
ー今後川瀬様がやってみたいことや挑戦してみたいことをぜひ教えてください。
年に1回か2回は個展で大きい作品を飾りたいなと思っています。
西天満に面白いギャラリーがありまして、毎年2月から3月末にそこで個展を開催させてもらっているんですが、空間自体が広いんです。なので、小さい作品を200枚並べるより、大きくて看板みたいな作品をバーンと並べて、大中小の流れで導き出していくのが個展として面白いかなと思っていて。そういったメインの作品を2ヶ月3ヶ月かけて作りたいと思ってます。
100号とか、自分の身長ほどの絵を描いてみると、自分の枠が確実に広がっていくんですね。小作品だけ描いてたらやっぱり小作品のスケールでまとまってしまう。自分の可能性を広げるという意味でも、大きい作品に挑戦したいと思っています。
川瀬大樹
学生時代に受けた講義で行われたデモンストレーションの影響により、アクリル絵の具で描くように。ジラフをはじめとした色彩豊かでポップな動植物を、川瀬さんらしいマイルドなタッチで描いている。
View Profile